お侍様 小劇場 extra

    “追儺の祓い” 〜寵猫抄より
 


 年の初めにご挨拶がてら、遊びに来てくれたのから数えても、ほぼ1ヶ月はご無沙汰していただろう、坊やの一番のお友達。庭の古木蓮の樹の根方にあるらしい、幼子しか行き来の出来ぬ、秘密の通路を通ってやって来る、猫の耳とお尻尾持った、ちょっぴり不思議ないで立ちの坊や。そんな彼の住まうところは、間近だけれど うんと遠くて。しかもその上、冬になるとそりゃあそりゃあ深い雪に覆われる土地だそうで。なので、小さな子供が独りで訪ねるのは危ない。よって、これまでのように頻繁な行き来は出来なくなるんだと、そんな説明をしてくれたご訪問の翌日から、まんまパタリと扉が閉じたよに、ずっとずっと音沙汰がなくなって。時折、寒いお外に出てっては、何かしらの気配を聞きたいか、ちょこちょこっと寄ってった木蓮の幹へお耳を寄せたりしていた、久蔵坊やだったりもしたのだけれど。でもでも やはり、何も聞こえなかったらしく。そのたび、泣きそうなお顔になって、小さな肩をしょぼんと落とすのが、七郎次や勘兵衛へも…見るのが辛くなるほどに、何とも可哀想でならなかったものが。

 『こんにちは、久蔵いますか?』

 金の髪の中へと猫のお耳をぴょこりと立てた、お行儀のいい坊やがやって来たのが、午
(ひる)も間近なころだったろか。向こうのお国はよほどに寒いのか、手編みの襟巻きぐるぐると、小さな肩やらすべらかな頬が埋まるほど、幾重にも巻いてる姿が何とも愛らしい、藁靴はいた仔猫の坊やの訪のいへは、

 『みゃあうvv』

 こればっかりは通訳も要らぬ。遅寝の眠たげなお顔が一気に弾け、待ってたの待ってたのという気持ちに追いつかぬ、自分の覚束ない足取りも口惜しいと焦れながら。それでも懸命に翔って見せての、えいやと飛びつくようにして甘える和子へ。

 『うん、俺も久蔵に逢えなくて寂しかったよ?』

 しゃにむにしがみつく和子を どうどうどうと宥めることもせずの。久し振りだね、嬉しいね、元気だった?と、存分に甘えさせてやる寛容さはどうだろか。頬と頬寄せ、んん〜〜〜っと押しつけ合って。お互いの“逢いたかった”をそれは愛らしくも分け合ってから、そのお顔を七郎次へ向けて上げて見せた、向こうのキュウゾウくんが言うには、

 『あのな、久蔵に寒くないように着物を重ね着させてやって。』
 『…はい? あ・はい、判りましたよvv』

 当家のちびさんよりは少しほど年嵩だけれど、そこはやっぱり まだ幼い坊やのこと。ご当人へはサプライズの内緒にしたいからか、言葉少なな説明をして。でもでも、それにしてはあっけらかんと…その先が拾えるような、そんな言いようだったのへ。七郎次が自分も“共犯者”になったよに、それ以上は深く訊かぬまま、されど くすすと楽しそうに笑ったのは言うまでもなく。さっそくにも、いつぞやいただいた毛糸であれこれ編んだ中から、目が詰んでいて裾も長いめのブルゾンと、同じ色合い、裾すぼまりな長ズボンを重ね着させて。前から持ってたケープを襟に、それからそれから、これは向こうのシチロージさんからの贈り物、真っ赤なニットのお帽子かぶって。準備万端整ったところで、それじゃあ行って来ますと、睦まじくもお手々をつなぎ合い、勇んで出掛けてったちびっこ二人。がささとツツジの茂みを越えてゆき、木蓮の根方へと飛び込んだ途端、気配もあっさり消えたのが鮮やかで。

 「久蔵は出掛けたのか?」
 「ええ、はい。さっきキュウゾウくんが迎えに来まして。」

 そちら様も、随分と遅寝だった勘兵衛が、居間へのっそり起きて来たのへ。残念でしたね、見送りに間に合わなくてと、仄かに眉を下げて見せた七郎次だったが、

 “なんの、一番 寂しいのは自分であろうに。”

 そういうお顔だと、こちらは青年の機微にこそ誰よりも詳しい勘兵衛が、顎のお髭をさりさりと撫でつつ、あっさり見抜いて苦笑を洩らす。愛らしい和子の上げる甘い甘い軽やかなお声がしない家は、何だかいきなり火が消えたようで。ふと姿が見えなくなっても、すぐさま何処からか とたとたと駆けて来。お膝や脚へとまとわりついて、みゃうにゃあ話しかけて来ながら、見上げて来るお顔のまろやかな愛らしさが。少なくとも向こうから帰って来るまではお預けとあっては、成程、彼でなくとも意気消沈し、一抹の寂寥を覚えもしよう。

 「何なら買い物にでも出るか?」
 「…そうですねぇ。」

 勘兵衛も丁度執筆依頼の狭間という間合い。だからこそと言うのも何だが、昨夜は少々元気のなかった久蔵も付き合わせての、長湯に夜ばなしという夜更かしをしてしまったのだしと。これもまた気晴らしになればと勧めてみた勘兵衛だったのだけれども。そんな御主へ向けてさえ、どこか気のない声を返しかかっていたものが。

 「…っ。」

 唐突に何を思いついたやら、あっとお顔を輝かせると、

 「そうだそうそう。お買い物に出ましょう!」

 ぱんと手を打っての、あらためての言い直し、さあさあとそりゃあお元気に立ち上がる秘書殿で。打って変わって威勢がよくなったことへはキョトンとしつつも、気持ちの切り替えになったなら まま良しかと。いきなりご機嫌になった美丈夫に手を引かれ、ああ待て待て、せめて着替えをさせてくれと、慌てたようなお声が立った、正午の頃合いの島田せんせえのお宅だったのだが……。




     ***


 どれほどのこと楽しい想いをしたものか、出掛け以上に頬を真っ赤にし、はふはふと息も上がっての興奮気味に、当家の小さな坊やがご帰還果たしたのが。夕刻の残照が庭のポーチへ、鉢植えの陰を長々と引き延ばしていた頃合いで。

 『ウチで作った“かまくら”で、
  お喋りしたりお餅を食べたり、
  ミカンをどっちに隠したかの“どっちどっち”をしたり。
  そんなして遊んだの。』

 体が冷えないようにって、火鉢も炬燵も持ち込んだし、おやつは家の囲炉裏端で食べて、その後はそこで遊んだから…と。寒い想いはさせてないよとのご報告をしてくれたキュウゾウくんへ、

 『今日一日、お世話になりましたね。』

 七郎次がにっこりという笑顔とともに、両手持ちで丁寧に差し出したのは、厚手の風呂敷に包まれた、時々両家を行ったり来たりしているお重箱。

 『そちらも同じ暦のようだから、
  大人の皆様へはわざわざの説明は要らないかもしれないけれど。』

 今日は節分で、邪気を祓う日。炒り豆撒いてイワシを焼いて、それからそれから。どういう流行だか、こちらではこの日に巻き寿司を食べる習慣があるので、そちら様でも福を食べてほしくてのおすそ分けですと。急いで材料を買い足して来ての たんと作った恵方巻き。エビのすり身の入った厚焼き玉子に、緋色のでんぶ。アナゴの甘煮に高野豆腐と、キュウリに椎茸、かんぴょうという、

 『七つの宝を模した具を巻いてあります。』

 今年の恵方へとお顔を向けて、切らずにかぶりつくのが、行儀は悪いが一番のお作法。勿論、全部を倣う必要はありませんから、お好きに召し上がってくださいねと。お土産に持たせれば、素直にわあと喜んでくれて。じゃあね、また遊ぼうねと手を振れば、坊や二人の金の綿毛が、夕日の赤に淡く染まった。まだまだ寒い夕暮れどきも、待つ人のいるお家を目指す身には苦にならぬ。まばゆい笑顔で帰ってった坊やと同じで、やっぱりそうしてお戻り…だったかどうか。天真爛漫な当家の坊やはといえば、よほどに はしゃいだ反動か、暖かなリビングへ上がるとそのまま舟を漕ぎ始め。沈む陽との競争のように、早いめにと構えた夕飯もそこそこに、くうくうと寝ついたペースの早いこと早いこと。一緒におこたに入ってた勘兵衛のお膝という特等席で、時折、うにむにと布団へ頬を擦りつける所作も愛らしい坊やを囲み。大人二人がぎりぎりの小声で、福は内とだけ囁いて、お義理に豆を撒いた鬼祓いの晩だったそうでございます。







    おまけ



 「かまくら ですか。」

 ここいらではそこまでの雪は降らないので、まずは体験出来なかろう珍しい雪遊び。大好きなお友達と一緒に、一体どれほどの楽しい想いを抱えて来たものか。白河夜船となった本人からは、たとい起きてたってなかなか正確な話は聞けない。こういう時ばかりは、言葉が通じない身が歯痒い七郎次だったりし。御主のお膝に乗っかったまま、くるんと丸まり、心地よさそうに眠る和子を見やりつつ、坊やのかわいらしいお洋服、自分の膝の上で畳んでおれば。

 「…あれ?」

 出掛けるおりに、ちょっぴり慌て気味に着せてやったお洋服。家の中では窮屈だろと、そおっと脱がせてやったのの中、コロンと出て来たのがデジカメで。

 “あ・そっか。”

 こないだ出掛けた時に、手荷物と一緒くたにカバンへ押し込んだから。それが坊やのブルゾンの、ポケットへと紛れ込んでいたのかも。そうなっても不思議じゃあないほど、キャラメルやチョコレートの小箱のような薄い機器、その手へ眺めて…ちょいと逡巡。

 “まさかねぇ…。”

 キュウゾウくんには使いようを教えてあったし、実は実は…説明書を持ってかせ、向こうの大人の皆様へも一通りを読んでいただいちゃあいたが。今日は知らずに持ってったようなもの、何かしら写したとは思えぬと…自分で自分へ言い聞かせつつも、一応と、収録された画像を確かめるよに次々眺めれば。

 「……あ。」

 メモリーの途中から、覚えのない画像が現れて。ああこれは気がついてくれたんだ、カンナ村だと坊やの姿がちゃんと撮影出来るのが嬉しいと、七郎次が喜んでたこと覚えていての、こちらで楽しく遊んだ記念にと。キュウゾウくんやシチロージさんが、気を利かせてのこと、シャッターを切ってくれたのらしく。それはきれいな雪景色と、こういう砂糖菓子があってもいいよな、つるんと丸ぁるいかまくらと。そこから顔出す久蔵やキュウゾウくんの姿が、ちゃんとピントも合わせての綺麗に写っており。

 「ほらほら、勘兵衛様。」
 「んん? おお、これは見事だの。」

 雪が洗ったせいだろか、空の青の濃さが違うなぁとか。わあ、こんなにもキュウゾウくんが埋まったとは、そんなにも深い雪なんですねぇとか。他愛ない感慨を並べ合っていたかと思や。微妙に野性味の濃い、勘兵衛によく似た壮年の男性や、少しばかり鋭角な眼差しがきりりと男前な、これも七郎次に似た美丈夫なぞが、ちらちらと写り込みもしているのへと。向こうの勘兵衛様は随分と精悍でおいでですね、何の、お主もちょっと前はこのお人のように利かん気な顔もしておったぞ、なぞと。本人じゃあない人を捕まえて、妙な案配の“こき下ろし大会”も展開しつつ。
(苦笑) 額を突き合わせるようにして、小さな液晶画面を覗き込んでいた二人だったのだけれども。

 「あ、動画も入ってますね。」

 そちらの操作は教えた覚えがないので、説明書を読んで覚えてしまわれたんだろう。かまくらの手前へ、小さな雪の塊を並べる久蔵とキュウゾウくんであり。えっへんと威張って胸を張っているのは、自分らが作った“作品”だからか。

 【 雪ねこ、作った…じゃないや、作りましたっ。】
 【 みゃうにゃっ!】

 どうやら、雪うさぎならぬ、猫の像であったらしく。だが、背景もまた真っ白なので、輪郭が溶け込んでしまうのが難であり。

 【 う〜ん、よく見えないなぁ。キュウゾウ、座布団を1つ持ち出してごらん。】
 【 え? どうするの?】

 画面が少し揺れて、ぶんと振られ、景色が横向きになったので。一時停止をしないまま手を放したものと思われて。さくさくきゅっきゅと雪を軋ませる足音と、そら、出してごらん。色が濃いから背景に使うんだという説明をするお声も収録されていて。そんな画面へふと…誰のだか、手のひららしき肌色がどんと写った次の瞬間、

 【 え? あ・こら、ヘイさんっ!】

 そんなお声がきんと響いての、画面が揺れる揺れる。何だかよくは判らなかったが、

 「…これってカメラの奪い合いになっているのでしょうか。」
 「そうかも知れぬな。」

 こういう画像の映画ってなかったですか? リアリティが出ていいが、船酔いにあったような心持ちになるから気をつけろと、DVDを貸してくれた、確か五郎兵衛さんが言ってたような。お呑気にもそんな話が出来るのも、デジカメ自体が無事に手元へ戻っているからで。

 【 何ですよう、ちょこっと見せてほしかっただけでしょうに。】
 【 ダメっ。ヘイさんは絶対分解するもん。】
 【 にゃあにゃっ。】

 おやおや、何だか問題人物の乱入だったらしくって。子供ら二人が非難のお声を上げている。

  【 人聞きが悪いですねぇ。よそ様の持ち物、そこまで乱暴に扱やしません。】
  【 本当?】
  【 ええ。ちょっと中を見たら元通りにしときますって。】
  【 それって、やっぱり分解するってことじゃあないですか。】
  【 わわっ。ダメなんだからねっ!】
  【 にいっみゅっ!】

 コントのようなやり取りが繰り広げられたその後に、やれやれと苦笑する誰かさんのお顔へと、フレームがふわり上げられての止まった…のだが。

【 すみませんね、驚かれたでしょうね。このお人は、お隣に住む林田ヘイハチさんといって…】

 シチロージのお声が説明するのもどこか上の空で聞いていた、こちらの二人だったのは言うまでもなかったり。

  「……林田ヘイハチさんですって、勘兵衛様。」
  「う〜〜〜〜ん。」




   〜Fine〜  10.02.03.


  *藍羽様のお宅 『Suger Kingdom』さまで、
   それはかわいらしい冬の遊びのお話がUPされておりましてvv
   ウチのおチビさんも構っていただいたので、
   その後編といいますか、こちらの側の方々のお話を少々。
   相変わらず、久蔵殿の“はてさてなぁに”を説く係は、
   兵庫さんが不動の担当ならしいです。
(苦笑)

   えっと…それでですね。

   そういや、他の方々にも そっくりさんはいたよなぁとですね。
   ますますのこと、某編集部のヘイさんには、
   向こうの皆さんが写ってるものはお見せ出来ませんねと。
   七郎次さんが困って見せる傍ら、
   “いや、案外とどんなCGですかと面白がられないかなぁ”なんて
   妙な気を起こしかねない勘兵衛様だったりして。
(大笑)

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